■国旗・国歌――園遊会での発言に思う
園遊会は、天皇、皇后両陛下が東京・赤坂御苑に政府や国会代表、各界の功労者を招いて開かれる催しである。
戦前は観桜会、観菊会と呼ばれていた。戦後、名を変えて復活し、両陛下が春と秋の2回、親しく招待者の労をねぎらう場となっている。
その園遊会の席上、棋士で東京都教育委員の米長邦雄さんが「日本中の学校で国旗を掲げ、国歌を斉唱させることが私の仕事でございます」と話した。天皇陛下は「やはり、強制になるということではないことが望ましい」と述べた。
このやりとりは新聞やテレビで報道された。翌日の閣議後の記者会見でも閣僚の意見や感想が相次いだ。
話題となった一因は、国旗・国歌問題で天皇陛下ご自身が発言したことがきわめて異例だからだろう。しかし、その内容は政府の見解の通りだった。
国旗・国歌法が99年に成立したとき、当時の小渕首相は「児童生徒の内心にまで立ち入って強制しようとする趣旨のものではない」と国会答弁した。当時の野中官房長官も「強制的に行われるんじゃなく、それが自然に哲学的にはぐくまれていく努力が必要」と答えている。
宮内庁は陛下の発言について「政策や政治に踏み込んだものではない」と説明した。憲法は天皇について「国政に関する権能を有しない」と定めているが、細田官房長官も「憲法の趣旨に反することはない」と述べた。
いずれも妥当な判断だと思う。
今回の場合、波紋の原因はむしろ、米長さんが国旗・国歌のことを持ち出したところにあるのではないか。
米長さんが委員を務める東京都教育委員会は、今春の都立校の卒業式で国旗を飾る場所や国歌の歌わせ方など、12項目にもわたって事細かく指示し、監視役まで派遣した。そして、起立しなかった250人の教職員を処分した。処分を振りかざして国旗の掲揚や国歌の斉唱を強制するやり方には、批判も多かった。
国旗・国歌のように鋭い対立をはらんでいる問題は、天皇の主催行事である園遊会の場にふさわしくない。
米長さんの発言に対して天皇陛下があいまいな応答をすれば、そのこと自体が政治的に利用されかねない。陛下が政府見解を述べたことは、結果としてそれを防いだとも言えよう。
米長さんの発言は「教育委員のお仕事、ご苦労さまです」という陛下の言葉に答えて飛び出した。国旗・国歌問題を意図的に持ち出したかどうかはわからない。もし意図的でなかったとしても、軽率だったと言わざるを得ない。
東京都の石原知事は「天皇陛下に靖国神社を参拝していただきたい」と述べている。靖国参拝は外交にも絡む大きな政治問題だ。とても賛成できない。宮内庁が慎重な姿勢を示したのは当然だ。
天皇が政治に巻き込まれれば象徴天皇制の根幹が揺らぐ。園遊会発言を機に、このことをあらためて確認したい。
■補助金削減――これは対案に値しない
こんな代物では、アリバイ作りにもならない。
国と地方の税財政を見直す三位一体改革で、全国知事会などの補助金廃止案に対する各省の対案のことである。金額は地方案の3・2兆円に対し、1兆円にすぎない。各省が地方を牛耳る仕組みはちゃんと温存されている。
補助金を減らそうとまじめに取り組んでいるとはとても思えない。それどころか、小泉改革に従わないと表明したに等しい。小泉首相は閣僚や次官らを更迭するぐらいの気持ちで進まないと、道は切り開けまい。
各省の対応は三つに分かれている。
補助金の削減に応じなかったのが文部科学省と農林水産省だ。文科省は中学校の教職員給与の負担金8500億円の廃止を求められていた。農水省は治山事業などである。
どちらも、国が引き続き責任を持つべきだというのが拒否の理由だった。自分たちの補助金は重要なものだから、一切手を触れさせない。減らすのなら、よその省でやってくれ。そういいたいのだろうが、あまりにも身勝手である。
二つ目は、補助率を引き下げることだ。厚生労働省は国民健康保険や生活保護などで、国の負担割合を減らそうと言い出した。しかし、補助率の引き下げは、単なる歳出カットありきの発想としか思えない。地方からすれば、補助金が減らされるうえに、裁量の余地は少ない。いいことは何もない。
三つ目は、国土交通省や環境省などが打ち出した補助金の交付金化だ。交付金になると、一定の枠内で使い道を選べ、使い勝手はよくなる。とはいえ、交付金をもらうには、そのつど自治体が各省に頭を下げて回らなければならない。
いずれも、補助金を配る権限を手放したくない各省の本音がありありだ。
補助金問題と並行して進んでいる税源移譲も難題が残っている。税収を自治体間でどう配分するかが決まっていない。配分の仕方によっては、自治体間の格差がさらに開きかねない。
建設国債を財源とする公共事業の扱いもむずかしい。地方案は1兆2千億円分の廃止とそれに見合う税源を移すことを求めている。しかし、財務省や国交省は「建設国債は借金だから、税源移譲の対象にならない」と主張する。
こうした難問を政府はどうさばくのか。各省ごとに異論を唱えていても、作業は進まない。ここは原点に戻って考えるべきだ。
中央集権から分権社会へ転換を図る。同時に国と地方の借金を減らす。そのために、06年度までに4兆円の補助金を削り、3兆円の税源を国から地方へ移す。地方への交付税も抑える。それが改革のねらいだったはずだ。
その中で、補助金の削減は改革を軌道に乗せる最初の関門なのである。
指揮をとる小泉首相の責任はますます重くなってきた。
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