■景気の課題(4)完――アジアが鍵を握る
「入院中の患者がベッドから起きて、病院の周りを走りはじめた。本当に回復したのか、それとも中国の薬を注射したからで、(薬効が切れれば)またすぐに倒れるのか……」
来日した米紙のコラムニスト、トーマス・フリードマン氏は、そんな風に日本経済を表した。
このところの景気回復は輸出の好調、それも中国の旺盛な需要に支えられている。過熱気味の中国経済が調整局面に入れば、また落ち込むのではないかという不安はその通りだろう。
中国景気で潤う典型が海運業だ。
外航船の貨物運賃は2年前の6倍に跳ね上がった。鉄鉱石など原材料を中国へ運ぶ船が足りないためで、海運各社はほくほく顔である。日本や韓国の造船業も久しぶりのブームにわいている。
96年に年間1億トンを超えて世界一になった中国の粗鋼生産は、昨年2億トンを超えた。経済発展の基盤である鉄鋼が増産を続ける様子は、高度成長を突き進んだかつての日本を思い起こさせる。
景気循環の波は当然あるだろうが、途上国からの経済離陸が着実に進んでいるとみるべきだろう。
中国に注がれる産業界のまなざしも変わってきた。安く良質な労働力を生かした輸出基地としてだけでなく、パソコン、家電製品から高級乗用車まで最新モデルを求めるその購買力に、熱い視線が寄せられるようになったのだ。
「世界の工場」であり、巨大な消費市場でもある中国の両面性をうまく生かしていくことができれば、日本経済は上昇軌道に乗れるだろう。
中国だけではない。
アジアを見渡せば、経済関係をより深めることで相互のプラスが大きいと思われる国はいくつもある。アジア開発銀行は、今年のベトナムの成長率を7・5%、インドのそれを7・4%と見通している。中国の8・3%にひけをとらない元気さである。
アジアをバネに日本経済の再生を図る。そんな旗をしっかり掲げることだ。
日本企業が相手の市場に根を張り、労働力だけでなく、機械や技術も現地で調達する方向をめざせば、円高を怖がる理由も薄れる。
もちろん政治にも広い視野が必要だ。今後の貿易交渉で、農業など国内事情に手を縛られて決断が遅れたら、通商拡大のチャンスを逃すだけでなく、アジアでの日本の求心力も弱めるだろう。
中国・人民日報の電子・英語版に「中国・日本・インドの枢軸戦略」という記事が載った。政治や経済全般にわたる3国の協力を考えるべきだという趣旨で、榎泰邦・駐インド大使の発言が発端になっている。
インド発の日本人のアイデアが中国のメディアに転載され、ネットを通じて世界に流れる。そんな時代なのだ。
日本の景気の課題は、日本のアジア戦略を鍛え直すことでもある。
■靖国神社――遊就館を訪れてみては
連休の昼下がり、東京・九段の靖国神社では、初夏の日差しの中を人々がゆっくりと行き交っていた。時間が静かに流れ、自然と厳粛な気持ちになる。
拝殿の前に掲げられた遺書を読む。「神州日本が、一億皇國臣民が一路驀進(まいしん)する光景を、姿をはっきりと見た 私は信念を得た 私は戦ふ」
第2次大戦の末期、ハノイ近郊で戦死した29歳の陸軍大尉が書いたものだ。
神社の一部をなす「遊就館(ゆうしゅうかん)」に入る。日常とはよりいっそう異なる空間だ。
「今甦(よみがえ)る日本近代史の真実。戦争を知らない世代に伝えたいこの感動」とポスターが入館を誘うこの施設こそ、靖国の思想を凝縮したような場所である。
この博物館の紹介にはこんな文章もある。「我が国の自存自衛のため、皮膚の色とは関係のない自由で平等な世界を達成するため、避け得なかった多くの戦いがありました。それらの戦いに尊い命を捧(ささ)げられたのが英霊であり、その英霊の武勲、御遺徳を顕彰し……」
展示されているのは、日清、日露戦争を経て「大東亜戦争」に至る日本の「武」の歴史だ。軍服や遺品、遺書など収蔵品は10万点に及ぶ。特攻機や人間魚雷「回天」といった兵器の陳列に目を奪われる。記録映画も「よく戦った日本」一色だ。そうした展示を通じて、国に殉じたことの尊さが強調される。
「回天」搭乗員が出撃前に吹き込んだ録音を聴いた。「怨敵撃攘(おんてきげきじょう)せよ。おやじの、おじいさんの、ひいおじいさんの血が叫ぶ。血が叫ぶ」。雑音の向こうから聞こえてくる20歳の声は切ない。
だが、館内を歩きながら奇妙な思いにとらわれる。ここでは時間が止まっている。英霊たちは今も戦い続けている。そんな強烈な印象が襲う。
戦争には相手があった。しかし、展示や説明には、あくまでも当時の日本から見た敵国への憎悪や世界の姿があるだけだ。戦争をする日本を世界がどう見たのかという客観的な視点は、およそうかがえない。ただひたすら戦地に散った日本人の心の尊さをたたえるのだ。
出口近くに来館者が感想を記すノートが置いてある。「息子は平和ぼけの日本に育ち、怠け者になっています。皆様が立派に守って下さった日本が今溶けかかっています」と書いた年配者がいた。
「戦争を美化しているだけにしか思えない。すごく恐怖を覚えました」と綴(つづ)った19歳の大学生もいた。
小泉首相の参拝写真もある。参拝は「自然な感情」と語る首相だが、見終わった所に飾られているだけに、靖国の歴史観を丸ごと認めているようにも映る。
そんな遊就館を一度訪ねてみてはどうだろう。祀(まつ)られている死者を思う。同時に、そこに祀られていない死者のことも思いたい。空襲や原爆などで亡くなった日本人のことを。家族や国や民族を守るため日本軍と戦った他国の人々のことを。そして、首相がここに参拝することの意味をしばし考えてみたい。
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