仏門の人、西行法師が伊勢神宮に参詣(さんけい)して詠んだ歌がある。「何事のおはしますをば知らねどもかたじけなさの涙こぼるる」。異教の神前で感涙をながす。一神教の世界では考えられまい◆宗教風土には「神を信ずる」風土と「カミを感ずる」風土があると述べたのは、宗教学者の山折哲雄さんである。大日如来も天照大神もなく、ただ貴いものの前にこうべを垂れた西行の歌は、「カミを感ずる」風土の産物に違いない◆やすらかにお眠りくださいと死者の霊に手を合わせるとき、宗教の活動をしていると意識する日本人はまれだろう。「何事のおはしますをば」も「いずこにおはしますをば」も知らず、心静かに祈る◆小泉首相の靖国神社の参拝を福岡地裁は「宗教的活動」とみなし、憲法違反という判断を示した。神道形式の礼拝を避けるなど慎重な配慮を重ねても、そこに赴いて祈ることがそもそも許されないらしい◆歴代首相の恒例行事、伊勢参拝とはどう違うのだろう。靖国参拝には中国などが反発しているが、外国が反発すれば違憲、しなければ合憲という理屈が成り立つはずもなし、わかりにくい論旨である◆遠い異国、「信ずる神」の国の裁判所で、異人さんの裁判官が書いた文章を読まされたような違和感が残る。涙こぼるる人の歌が語り継がれる国の判決ではない。
(2004/4/8/02:03 読売新聞 無断転載禁止)