■筋弛緩剤判決――裁判員が裁くなら
仙台市の医院で4年前に起きた筋弛緩(しかん)剤事件で、殺人と殺人未遂の罪に問われた准看護師の守大助被告に対して、仙台地裁は無期懲役の判決を言い渡した。
判決によると、被告は点滴液の中に筋弛緩剤を入れ、10カ月の間に患者1人を殺し、4人を殺そうとした。当時小学6年だった女の子は今も意識が戻っていない。
「医療行為を装って行われた殺人事件としては前代未聞の凶悪犯罪だ」。判決はそう述べて、「事件は捜査機関のでっちあげだ」という弁護側の主張を退けた。
被告と犯行を直接結びつける証拠が少なく、立証のむずかしい事件だった。
被告は逮捕直後には犯行を認めたものの、その後一貫して否認を続けた。筋弛緩剤を点滴に入れた時の目撃者はいない。医療現場で患者の容体が急変することはしばしばあり、筋弛緩剤の投与が原因だとはっきりさせるのも簡単ではない。
そうした中で裁判所は、検察側から出された状況証拠を積み上げることで有罪の結論を導いていった。
一方で、なぜ患者の命を奪うような異常な行為に走ったのか、という動機は判決でも必ずしも明らかにならなかった。せいぜい、小学6年の女の子の事件について、日頃から不満を持っていた医師を困らせようとして容体を急変させようとした、という程度である。
判決は出たものの、真相が十分解明されなかったことに、もどかしさを感じる人も少なくないだろう。
だが、今回の裁判を見ながら痛感するのは、そろそろ刑事裁判に対する見方を変える時期に来ているということだ。
罪を犯していないと主張していた被告の心の中まで分け入って動機を解明するのはおのずと限界がある。被告の内面にまで踏み込むことを私たちが期待すればするほど、検察側の立証は細かくならざるをえなくなる。裁判が長びくことにもなる。
国会に提出されている裁判員制度の法案が成立すれば、人々が裁判に参加し、有罪か無罪かを決める。量刑も判断する。
今回、公判は150回を超えた。週2回のペースで法廷を開いても初公判から判決まで2年9カ月かかった。集中審理をした検察官、弁護士、裁判官の労は多としたいが、それでも決して短いとは言えない。
市民が裁判員を務める制度では、こんな長い裁判はできない。争点をしぼり、めりはりのある審理をすることが大切だ。
もう一つ考えたいのは、取り調べを録画して、裁判員にも見えるようにすることだ。判決は逮捕直後の被告の自白は信用できると認めたものの、弁護側は「強引な取り調べと誘導があった」と主張していた。密室で何があったのかをめぐり、不毛なやりとりをするのはもう終わりにすべきだ。
今回のむずかしい事件を刑事裁判のあり方を変えるきっかけにしたい。
■国旗国歌――起立せずで処分とは
東京都教育委員会が都立の高校や盲・ろう・養護学校の教職員に対し、戒告などの大量処分をすることを決めた。今月の卒業式で君が代斉唱のときに起立しないなどの職務命令違反があったからだという。
約180人ともいわれる処分は異例だが、処分に至る過程も常軌を逸していた。
国旗は舞台の壇上正面に掲げる。教職員は国旗に向かって起立し、国歌を斉唱する。そうした細かな通達を守っているかどうか。都教委は監視役の職員を学校に派遣した。処分の対象者が増えたのは、それだけ教職員の行動に目を光らせたせいでもあるだろう。
起立したかどうかは見ればすぐに分かる。教職員の座席表もあらかじめつくらせていた。処分する側にとって、これほどやりやすいことはないだろう。
式を妨害したのならともかく、起立しないからといって処分する。そうまでして国旗を掲げ国歌を歌わせようとするのは、いきすぎを通り越して、なんとも悲しい。
東京も含めて全国ほとんどの公立小中高校ではすでに日の丸が掲げられ、君が代が歌われている。
それでは不十分だ、国旗を壇上に掲げ、起立させ国歌をもれなく歌わせなければならない。それが都教委の考えだろう。
その現場で何が起こっているか。ある学校でこんな話を聞いた。
今年の卒業式で生徒たちは君が代をこれまでにはなく大きな声で歌った。卒業式に向けて、練習を繰り返した。そのうえで決定的だったのは、校長が「君たちがしっかり歌わないと、先生方が処分を受けかねない」と生徒たちに言ったことだった。
自分が歌わないと先生が処分されるかもしれない。3年間勉強や体育を教えてくれた先生が国歌斉唱で立ち上がらなかったといって、処分される。そうした卒業式を味わった生徒たちは大人たちをどう思うだろうか。国旗や国歌に愛着を持つだろうか。
教師を処分するのは、それだけではすまない。いや応なく子どもたちを巻き込むことになるのだ。
日の丸や君が代について受け止め方は人によってさまざまだ。
国旗掲揚、国歌斉唱を子どものときからきちんと教え込むべきだという人もいる。一方で、日の丸や君が代に抵抗感を持つ人もいる。日の丸や君が代は好きだが、むりやり起立させられたり、歌わされたりするのはいただけないという人もいる。
そうした色々な考えの人たちがいるにもかかわらず、学校の中では一人残らず国旗に向かって起立させ、国歌を歌わせようというのはむりがあるのではないか。
都教委の目はすでに4月の入学式に向いている。国旗掲揚、国歌斉唱をもっと徹底させようというのだ。
処分を掲げてこのまま突っ走るのは、新入生を迎える行事にはふさわしくない。
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