TAKAO-SP (たかお・サンパウロ)は、極めて私的な立場で作ったホームページです。
発信者: たかお やたろう & たかお もみぢ E-mail : takao@nethall.com.br
CEP 04159-000 Rua Nossa Senhora da Saúde, 211 Jardim da Saúde - São Paulo - SP Brasil
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たかお・サンパウロ 雑記帖 2005年 3月 26日〜 |
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6月19日(月) 「たかお・サンパウロ」 最近の変更
ご覧になった方に使っていただく 「たかお・サンパウロ」宛のメールアドレスを変更しました。迷惑メールやウィルス付メールが多くて困るためです。 「たかお・サンパウロ」を見易く、使い易く、更新をし易くするために、一部を「フレーム構造」に変更しています。すでに変えたものは次の通りです。ご覧になって、何かお気付きのことがあればお知らせください。
6月18日(日) 「blog TAKAO−SP」を開 きました。 http://blog.goo.ne.jp/takao-sp/ 4日前に「blog たかお・サンパウロ」を開きましたが blog を使うのは初めてなので、「blog用語」のいろはから、作り方や作った後の使い方の説明をいちいち確認しながら使っています。 blog には、blog相互でリンクし合う機能があって、その確認をしてみるためにもう一つ自分の blog を開設することにしました。 ある程度 blog のことが分かったら、二つの blog にそれぞれの「はたらき」を振り分けて、併行して使っていこうかと思います。当面は、双方ともテスト段階として続けます。
6月16日(金) サンパウロ州立交響楽団の演奏会に行きました 今夜は、ベートーベンの ピアノ協奏曲第3番
と 交響曲第3番
「英雄」 今年の演奏会プログラム(ポルトガル語)を作りました。1コース8〜9回の年間予約コースがあって、このプログラムに淡緑と空色で示した2つのコース(16回)を予約しました。学生、身障者、60歳以上の高齢者は半額で、1コースが約15,000円です。
6月15日(木) 「blog たかお・サンパウロ」を開設しました。 ホームページ 「たかお・サンパウロ」 の更新や新しいページを作る前の 「資料」 「覚書き」 「下書き」として blog の利用を考えていましたが、昨日、思い立ってブログサービスを探し、「エキサイトブログ」に決めてすぐに登録して作ってみました。blogを使うのは初めてなので、まだ、どのように使うのかよく分からないし、どのようなものになるか見当もつきません。でも、始めることにしました。 この「雑記帖」とは微妙な関係? blog は編集の自由度が小さいために、それだけホームページを更新するよりも手軽に使えます。「雑記帖 」や他のページに載せたいたものを、まず blog に書き込み公開します。これが ホームページの 「断片」 となって、後でホームページの編集に使 うことになります。 blog では表現できなくて、先にホームページで公開するものがあります。ホームページで先に出したものを blog でお知らせすることができます。blog ではホームページの更新経過を書き残すことになります。 試しに blog 14日付けの2件をコピーしてみます。 久しぶりでさんまを焼きました。おいしかった!付け合せは ほうれん草のバター炒め。それと白菜漬、にらの味噌汁。 さんまは輸入品です。もともと街に魚屋さんはほとんどありません。リベルダーデ東洋人街に日本人の馴染みの魚屋さんがあって、店頭には出ていませんが聞けば冷凍庫から出してくれます。値段は 1尾(約160g)で いわし1kg(約10尾 250〜300円)とほぼ同じです。 右の写真は3ヶ月前に、サンパウロ郊外の街道にある焼肉レストランで見つけた
ポルトガルいわし(輸入)の塩焼き。ブラジル食のレストランで いわしの塩焼きを見たのは初めてです。1尾で 120〜130円おろし大根はもちろんありません。(ブラジル)レタスが敷いてあります。頼めば醤油を出してくれまが、こちらでは、たまねぎ、トマト、サウサ(ブラジルのパセリ)などのみじん切りをオリーブ油と酢に漬けたドレッシングをかけて食べるのが普通です。 1ヶ月後に再度行ったときには、ポルトガルいわしではなくて近海もののような、太さ3分の2くらい油っけの少ないいわしでした。値段は同じ! 。 昨日、W杯
ブラジルxクロアチア戦開始前、花火(爆竹)がポンポン上り始めて、首にブラジル国旗をつけた しろちゃん---いやぁーな予感?---しろちゃんは花火が大きらいです。普段は玄関から奥に入れませんが、毎年、クリスマスイブの夜、大晦日の夜、時計の針が0時を回るとき。それと、サッカーの大試合で(必ずテレビ中継があります)地元チームがゴールしたとき、勝ったとき。台所の食卓の下でガタガタ震えて過ごします。 ブラジルは 1−0 で勝ちました。 しろちゃん、大量点が入らなくて良かった。 上の2件は、blog からのコピーしたもので、編集はしていません。
6月14日(水) 休眠から目が覚めました。トップへ 休眠中です 2006年1月1日 あけまして おめでとうございます しばらく ご無沙汰いたしました。このページ「雑記帳」への書き込みがひと月半 滞ってしまいました。
11月15日(火) 「いつかきた道」 広島・長崎の原爆記念日の間に、衆議院解散。9月11日総選挙で自民圧勝。憲法改正論議が加速。首相の靖国神社参拝。改憲に傾く?前原社民党。安部官房長官・麻生外相で第3次小泉改造内閣発足。在日米軍再編に合意。 戦後60年。今年は例年になく、東京大空襲、沖縄戦、原爆から、中国残留孤児など戦争の痛みを顧みるテレビの番組をたくさん観てきました。想いは、日清・日露戦争以来、どうして大戦に至ったのか。戦いの行方は1年前に決まっていたのになぜ続けたのか。再びこういう時代にならないのだろうか・・・ リンク・お気に入りサイトに、戦争と平和にかんするものを追加しました。
10月17日(月) あきれたしまう小泉首相、5回目の靖国神社参拝 「たかお・サンパウロ」では、首相の靖国神社参拝に反対してきました。その理由は、第一、憲法上の政教分離の問題。万世一系の天皇制とのかかわり。
10月16日(日) 夏時間が始まりました。(去年は11月2日から) 夏時間で日本との時差が13時間になります。 第17回 ドレミ音楽会が無事に終わりました。「療育音楽」をしていない「こどものその」は、参加しませんでした。代わって、8月から始めたばかりの、APAE Garulhos(養護学校)が参加しました。今年は例年になく、保護者の参加とお客様が多くて用意した椅子はほぼ満席でした。 来賓として、西林万寿夫サンパウロ総領事ご夫妻がみえて、ご挨拶をいただきました。中休み、面を付けた面白可笑しい及川さゆりさんの舞踊や、木下節夫太鼓グループが演じる力強く歯切れのよい太鼓演奏に盛大な拍手。 3施設の5グループ、13曲。日頃のセッション以上に楽しく演奏ができました。14曲目、子どもも大人も、全員が両手にショッカーリョを持って歌う「ドレミの歌」で盛りあがりました。閉会のあいさつに続いて別れのダンスを踊り、最後は全員で大きな輪を作り「別れの歌」を歌い、無事に閉会。来年の再会を約して家路につきました。
9月30日(金) サンパウロ州立交響楽団の演奏会
ばあちゃんと孫、7時15分に家を出て
演 目 (21:00〜22:50)---- 指揮:リボル・ペシェク(チェコ) マルロス・ノブレ セルゲイ・プロコフィエフ モーツァルト
9月 23日(金) サンパウロ州立交響楽団の演奏会
ばあちゃんと孫。孫は初めてのコンサート。
演 目 (21:00〜22:50)---- 指揮:John Neschling Radamés
Gnattali ベートーヴェン ベートーヴェン
9月 2日(金) サンパウロ州立交響楽団の演奏会
7時35分に家を出てサーラ・サンパウロへ。サロンでスープとコーヒー。
演 目 (21:00〜22:50)---- 指揮:Cláudio Cruz マルロス・ノブレ セルゲイ・プロコフィエフ ベーラ・バルトーク ニッケイ新聞
2005年9月07日(水)コロニア-ブラジル日系社会-ニュース
8月31日(水) 「新聞社説表題一覧」を始めて半年
「社説――比べて読めば面白い」 から1年。
この、いわゆる「歴史教科書問題」をめぐる朝日と産経の議論の応酬を期に、産経の『主張』(社説)も毎日収録保存することにしました。
8月26日(金) サンパウロ州立交響楽団の演奏会
7時00分に家を出てサーラ・サンパウロへ。サロンでコーヒー。
演 目 (21:08〜22:50)---- 指揮:Claus Peter Flor (独) モーツアルト リヒャルルト・シュトラウス チャイコフスキー
8月12日(金) サンパウロ州立交響楽団の演奏会
7時30分に家を出てサーラ・サンパウロへ。
演 目 (21:00〜23:00)---- 指揮:Yoram David (英) ドミトリー・カバレフスキー ウィリアム・ウォルトン セルゲイ・プロコフィエフ
7月31日(日) 第3回 よさこいソーラン祭り 第1回はブラジル日本文化協会記念講堂、第2回は州立イベラプエラ体育館、今回は本格的劇場「ヴィア・フンシャル」で開かれました。「アマゾンの読経」上映会のあと直行して、孫の出番「松柏・大志万」に間に合う。
昨年総合優勝したユバ・バレー、今年は2位
7月31日(日) 記録映像作家岡村淳さんの『アマゾンの読経』上映会 Yahoo!グループ メーリング リスト 『私たちの40年!!』のメンバー対象 10時半から午後5時半まで昼食を挟み7時間、リベルダーデのレストラン「ぶえの」のミニシアターで、3部作全巻、岡村さんの解説付き上映会でした。 昨年の6月13日(日)「移民月間 県連日帰り旅行」 で訪れたスザノ市の高野山真言宗金剛寺に「富士見観音」があります。ここで、かって日本海外移住家族会連合会の初代事務局長であった藤川辰雄氏が建立された経緯を、ゆかりの方からた聞きました。藤川辰雄氏はアマゾンで日本人移民の無縁仏を巡礼中に消息を絶ったのですが、『アマゾンの読経』はその真相を追うキュメンタリー映画です。各地で上映会が開かれています。(Googleで「アマゾンの読経」を検索してみてください。) 上映会のあと、第3回 よさこいソーラン祭りへ
7月15日(金) 第8回フェスティバル・ド・ジャポン(日本祭り) 昨年まではイビラプエラの州立会議議事堂前でしたが、今年は、動物園がある州立公園内の「サンパウロ州イミグランテス展示場」で開催されました。会場が広くなり、日本文化紹介コーナーの中央に設けられた小講堂で、第1日目にブラジル療育音楽ボランティア協会が、「療育音楽」の紹介と、高齢者対象にセッションの実演をしました。 突然の誘いで展示物や案内の準備ができず、しかも平日で、どのくらいの来場者があるか心配でしたが、歌や楽器の音で人が集まり盛況で終わりました。
7月 1日(金) サンパウロ州立交響楽団の演奏会
7時30分に家を出てサーラ・サンパウロへ。サロンで軽食とコーヒー。
演 目 (21:00〜22:50)---- 指揮:John Neschling アーロン・コープランド
(アメリカ 1936) エイトール・ヴィラ-ロボス
(ブラジル 1926) ガーシュインのラプソディ イン ブルー(1924)を彷彿させる シルヴェスタ・レヴェルタス
(メキシコ 1939) 3曲ともに色彩豊かな管弦楽曲。ティンパニーは久しぶりのエリザベス デル グランデ。サーラ サンパウロの前、サン ペドロ劇場、その前のクーツゥラ サルチスチカ劇場時代(十数年以上前)からのティンパニー奏者。当時はユニフォームがなかった。女性奏者は、ハンドバックを舞台持ち込んで、足下に置いて演奏をしていました。 ショーロ:フルート、ギターなどからなる小楽隊が演奏する民衆の音楽的催し。
6月25日(土) 劇団「新波」、第40回コロニア芸能祭で 竪川端暮秋(たてかわばたにくれゆくあき)4年ぶり6回目の公演 Foto: Y. Takao 初演は2000年、老人クラブ連合会創立25周年記念チャリティーショー。コロニア芸能祭では翌年2001年の第36回(第2日)以来2回目。出演の顔ぶれは大幅に変わりました。今年入団した、大工役の坂田さんも堂々の演技。公演スナップはこちら。
6月18日(土) 江戸糸あやつり人形 3年ぶり3回目のサンパウロ公演です。今回は単独公演ではなく、東京演芸協会 ブラジル・イグアス訪問団 の一員としての訪伯です。 17日(金)
サントス厚生ホーム慰問公演 ニッケイ新聞
6月21日(火) ニッケイ新聞
6月17日(金)
6月17日(金) サンパウロ州立交響楽団の演奏会
夕食後、7時30分に家を出てサーラ・サンパウロへ。
演 目 (21:00〜23:10)---- 指揮:ヨアフ・タルミ セルゲイ・ラフマニノフ セルゲイ・プロコフィエフ セルゲイ・ラフマニノフ ティンパニーのおじさんも元気。
6月10日(金) 腰痛と胃痛、夫婦で休養中 今夜は州立交響楽団の演奏会へ行く予定でしたが休みました。やたろうは、先月22日の運動会のラジオ体操で、ぴょん
ぴょん
跳ねるところがありますね。跳び上がろうとして
「ぴょん」
までいかない。「ぴょ」で、「くきっ」と腰に痛みが走り、このあと屈伸
5月22日(日) 「あけぼのホーム」で運動会 サンパウロ日伯援護協会
第3回高齢者施設合同運動会は、昨年と同様、 「あけぼの」「スザノ」「サントス」「さくら」の4老人ホームと特別参加の「やすらぎホーム」が集まってあつまって10時に開会。心配された雨は降らず、ラジオ体操、競技、踊りなど、お年寄り、家族、ボランティア、職員、協会理事みんな元気で賑やかに昼食までの2時間半を過ごしました。
2005年 5月21日(土)
昨夜サンパウロ州立交響楽団の演奏会に行きました。
演 目 (21:00〜23:10)---- 指揮:フランク・シップウェイ リヒァルト・ヴァーグナー 「ニュールンベルクの名歌手」序曲 ドヴォルジャーク
チェロ協奏曲 ロ短調 Op.104 エドワード・
エルガー 堂々と、壮大に、力強く響いて始まる聞き慣れた曲。まず、聴衆を圧倒。 二番目の曲。低い弦楽と木管が繰り返す主題。のびのびとのどかにかなでるホルン。どこか『新世界より』のような郷愁を感じさせる管弦楽がやがてとぎれて、深い音色の独奏に入る。1690年製のテストーレからでる弦の音が驚くほど豊かだ。
2005年 5月 9日(月) クラシック音楽、管弦楽曲の案内書 老人ホームでの療育音楽には、昔なつかしい歌謡曲をたくさん使います。まだ手許にない曲を、インターネットで探すのもしばしばです。また、ブラジルでもテレビでNHKが見られるようになってからは、毎週、「のど自慢」や歌謡番組があるのでよく聴くようになりました。 ブラジルに来るまでは、家で聴いていた音楽は、ほとんど、LPレコードと、FMラジオの番組を録音したカセットテープで聴くクラッシックの管弦楽曲でした。N郷アワーなどのビデオテープも少しありました。 私(やたろう)がクラッシック音楽を聴き始めたのは中学生のときです。1年生のとき(1947年)、同級生と3人連れで、当時は汽車で佐賀から約2時間かかった福岡市に、小学の同級だった友だちを訪ねたことがあります。 映画館にも入りました。佐賀よりも早い封切館で、アメリカ・ミュージカル映画、ジーン・ケリーとフランク・シナトラ出演の「錨を上げて」を観ました。ハリウッドの屋外舞台で、『ハンガリア狂詩曲』を20台ものピアノ連弾のシーンは、いまでもはっきり脳裏に残っています。 中学2年生のころから、復員してきた若い将校さんが、隣の家にラジオの部品屋さんを開いたこともあって、ラジオ作りに夢中になりました。作ったラジオでよく音楽放送を聴きました。NHKが第1、第2放送を使ってステレオ放送をしたのはこのころで、古いラジオを第1に、自作のラジオを第2に合わせ、左右に並べて聴いていました。 ディズニー映画の「ファンタジア」は、立体音響アニメーション映画で、レオポルド・ストコフスキーが指揮するフィラデルフィア交響楽団が次の8曲を演奏しています。
バッハ 『トッカータとフーガ』、 ヴィットリオ・ガスマンとエリザベス・テイラー出演のアメリカ映画「ラプソディ」は、 高校時代からラジオを聴き「ながら族」でした。いつ、誰が作曲した何という曲を聴いたか、専用のノートに書きとめていました。ページがかなり埋まったころ、属啓成著『名曲の事典』(1954年11月音楽之友社発行)を見つけて買い求めました。古典のヴィヴァルディから現代のブリテンまでの作曲家120人を年代順に、その管弦楽曲をやや専門的に解説したものです。 1956年に、『名曲の事典』よりもポピュラーな、 構成は『名曲の事典』とほぼ同じ(民謡は国別)。 上 交響曲、歌劇の序曲などの管弦楽曲
2005年 5月 5日(木) こどもの日の社説:
「こどもの人格を重んじこどもの幸福をはかるとともに母に感謝する日」 一般に「こども」、「子ども」、「子供」の書き方はまちまちのようです。私は「子ども」を使っています。「私共」「私達」も同じように「私ども」「私たち」と書いています。 いつ頃から「子供」を使わなくなったかは思い出せませんが、意識して「子ども」を使い始めたのは1974年の夏です。長男が小学4年生、次男が保育園年長児でした。保育園卒園児の親たちの働きかけでできた市立の学童保育所は小学3年生までしか入ることができませんでした。 学童保育所を出された子どもたちの放課後を心配する親たちが相談して、
2005年 5月 3日(火) 憲法記念日 このところ、改憲論議が活発になっています。将来の日本をどのような国にするかをめぐって、いろいろな人や団体がそれぞれの立場や生き方、考え方で、現在の憲法が現状に合わないと思っているところを直したいという論議です。 今の憲法がいつ、どのようにしてできたか。その後、この憲法のもとで私たちはどんな国造りにかかわり、どんな暮らしをしてきたかをひとりひとりが振り返って考えてみたいものです。論点の一つは「戦争放棄」です。
いま手元に「あたらしい憲法のはなし」(1972年復刻版)があります。とても解りやすくて、いま読んでもとても新鮮な内容です。もとは、文部省が1947年(昭和22年)8月に発行して、私たち全国の中学1年生の教科書として使われたものです。B4判約50ページの小冊子でした。 敗戦後、ほとんどの日本人が食べるもの、着るもの、住む家に不自由をしていましたが、戦時中の重苦しい生活から解放されて、戦争で苦しい思いをしてきた多くの人たちにとっては希望と明るさがいっぱいでした。 しかし、1950年に始まった朝鮮戦争で、日本は米軍の基地となりました。日米安全保障条約が結ばれて、「警察予備隊」が「自衛隊」に変わっていくにつれ、この教科書は使われなくなってしまいました。以後、日本は東西の冷戦の中、軍需景気をきっかけに「経済大国」への道をまっしぐらに走り続けました。「ベトナム戦争」でも日本は米軍の総合基地の役割をしました。日本が戦争に荷担するなかで、反戦・平和を守る運動は抑圧されてきました。教育の場でも。そして「自衛隊」は着実に強化されてきました。今や、日本は「軍備大国」になってしまいました。 「自衛権」という考えを盾に、軍備を持とう、「防衛庁」を「省」に昇格させよう、憲法を変えて「国軍」を持とうという論議が盛んです。これは「戦争」を認める考えです。「自衛」であろうが、「侵略」であろうが戦争は戦争です。仕掛ける方も仕掛けられる方も政治家、軍の首脳、陰で戦争を操るひとたちは常に安全地帯にいます。被害者は、戦費を負担する納税者を含めて一般市民と、かり出された兵士たちです。得をするのは決まって兵器を造る会社と勝った方の権力に庇護された企業群です。 戦後60年、直接に戦争に巻き込まれたこはありませんでしたが、「戦争」とのかかわりは持ってきました。事があるたびに「憲法」がひきあいにだされました。しかし”世界に誇るべき”「平和憲法」を守ろうという力がはたらいて、がなく平和が保たれてきたと言えるでしょう。しかし「戦争を忘れる」ことは、とても怖いことです。戦争に巻き込まれる危険がそれだけ大きくなります。「平和憲法を守る」力が弱くなってはいけません。次の世代に戦争を語り継ぐさまざまな動きがいつまでも続くことを祈ります。NHKさんも頑張って! 昨年の4月1日に朝日新聞社説「社説--比べて読めば面白い」を紹介しました。インターネットのおかげで、その日のうちに幾つかの新聞の社説を楽に読むことができます。このホームページに、今年3月からの、朝日・毎日・読売・日本経済・産経 5紙の社説の一覧表を加えました。
2005年 4月29日(土)
サンパウロ州立交響楽団の演奏会に行きました。 演 目 (21:00〜23:20) ----- 指揮:Cláudio Cruz
アントニオ カルロス ゴーメス 「マリア トゥドール」序曲 1878 (小編成) ゴーメスはチャイコフスキーとほぼ同年代のブラジル人 ショパン ピアノ協奏曲 第2番 へ短調 Op.21 ピアノ ピョートル・アンデルジェフスキー アンデルジェフスキーのリサイタルが9月27日東京で。 ジョゼ アントニオ
デ アルメイダ プラド
アルメイダ プラドは1943年サントス生まれの作曲家。「オリシャス」はアフリカから連れてこられた黒人奴隷が信仰する神々。ボンゴの打楽で始まる。 舞台の左右、奥から交互に聞こえる金管の調べ。やがてそれぞれ6本の金管が吹奏しながら入場する。
2005年 4月25日(月) 尼崎の大惨事! 亡くなられた方のご冥福をお祈りし、 今回の事故は、発生後10時間経った現在、まだ乗客の救出作業が続いている段階で、事故の原因を云々できませんが、次の二つの事故が思い出されます。 日本の首都圏や、京阪神地区の過密な鉄道網と、サンパウロの鉄道とを単純に比較をするのは無謀とは思いますが、サンパウロの場合、まず、踏切がありません。次に、線路の両側には塀をめぐらして線路内に人は簡単には入れません。 日本の都市の場合、それだけ「安全」に対して細心の防御策が要求されるのではないかと思いますが、現状はどんなものでしょうか。事故調査の結果と改善策が待たれます。
2005年 4月24日(日) 「栗色の地毛にスプレー」 その2
4月9日(土)に書いた 「今年いちばん憤慨したこと」を読まれた方から 新聞記事と、宮城県立蔵王高校・県当局あてに送ったメールを記載したページにこのメールを追加しました。ご覧あれ。 昨年、日本にいる小・中・高校の同窓生から「教育をひどくしたのは日教組だ」とのメールを、また同じく別の小・中学の同窓生からは、つい先日、日中首脳会談のあと、「対中韓非難」と「靖国参拝問題」についてのメールをもらいました。 5月3日は「憲法記念日」。今年の8月は終戦60周年の暑い夏。
2005年 4月21日(木) 今日は 「チラデンテスの日」 ブラジル独立の殉教者「チラデンテス」(本名 ジョアキン・ジョゼ・ダ・シルバ・シャビエル 1746〜1792)が処刑された日で国の祝日です。 以下、1997年4月23日付け
サンパウロ新聞 社説 ”春夏秋冬”
【補足】 4月9日に書いたことについて。 長男が高校に入ったとき革靴を履いて来るようにと言われたけれどもスニーカーで通したのは、@汗で蒸れやすい、A成長盛りで直ぐに買い換えをするのがもったいない、通学にも校内用でいいのではないかという理由からでした。 他にもうひとつ、衣替えの日までは制服の上着を着ることになっていて、5月ごろの暑い日に袖をまくり上げていたのを先生にとがめられたことがありました。母親が、暑い日に無理に上着を着ることはないのではないかと先生に話しに行きました。
2005年 4月19日(火) 「我が家は100%日本食」 焼き魚
冷凍していたイワシを塩焼きにしました。先月のイワシ漁解禁でこのところ新鮮なイワシが食べられます。マイワシは見たことがなく、ウルメイワシに似たものを売っています。 こちらでは、肉類・魚介類はキロ単位で買いますが、大きいもので20cmぐらい。キロ10尾前後で250円です。 ブラジルには、日本風に網で焼く習慣がありません。こちらに来た当時、アパートで焼き魚をすると周りの人から苦情が来るので気をつけるように言われました。日本人の魚屋さんに輸入サンマさんまが入ることがありますが、網焼きをするには苦情覚悟で焼くしかありません。
今我が家で使っているコンロは煙を出さないグリル付きで、日本から持ってきたのものです。(写真 上) ブラジルの家庭ではたれをつけて焼く肉や魚の料理、ラザーニャなどのパスタ、ボーロなどの菓子類を好むので、コンロの下に天火が付いている4つ口または6口のコンソールタイプのものが多く使われています。(写真 右)
2005年 4月16日(土) ユバのホームページを見ました。 6月20日に弓場農場「テアトロ・ユバ」で、 6月は、恒例のコロニア芸能祭があって、劇団「新波」(あらなみ)の公演準備のために片道8時間かかる弓場までは行けそうにありません。問い合わせをしたところ、弓場での公演の前後に、サンパウロでの公演があるとのこと。楽しみにしています。
中国各地で「反日デモ」が荒れています。中国側の責任および対応に問題があるのは明らかですが、この問題をどのように解決していくか、日本側で考えるべきことは何でしょうか。「経熱政冷」と言われる日中関係のみならず、日韓関係にも、背景に「歴史認識」「靖国」の問題があることは確かでしょう。 また、「たかお・サンパウロ」で昨年10月に取り上げた「国連安保理常任理事国入り」の問題もでています。近隣諸国からの信頼を欠いたままでの日本の安保理常任理事国入りは難しいと思います。信頼を得られていないのは、60年たっても日本の「戦後処理」が終わっていない。不十分であるからでしょう。 1995年8月15日の「侵略と植民地支配によってアジアの諸国に損害と苦痛を与えたことに対して反省し、お詫びする」という村山談話は、その後の歴代の内閣が近隣諸国との外交問題を処理するときに政府見解として表明されてきました。しかし、大臣や国会議員など政治家の中には、村山談話の精神に反するような言葉を(思わず)発することがいまだに絶えません。ここの発言の背後にはそれを支持する人たちがそれだけいると言うことです。「みどりの日」を「昭和の日」に変えようとする動きにも同じことを感じます。 日本が安保理常任理事国に入るに足る近隣諸国からの信頼を得るまでには、まだまだ長い年月がかかるような気がします。
2005年 4月 9日(土) 今年いちばん憤慨したこと 「地毛を染めるよう強要された」 元県立高校生徒が提訴
(asahi.com) 午後、帰宅一番に開いた asahi.com に「地毛を染めるよう強要された」記事が目に入りました。ほかの新聞では?と、日本経済、毎日、読売、産経を見てみると、YOMIURI ON-LINE だけに見つかりました。 次に、宮城県立蔵王高校と宮城県教育委員会のホームページを探しました。 http://zao-h.myswan.ne.jp/ 、http://www.pref.miyagi.jp/kyouiku/ 県教育委員会のホームページに「訴状の内容を見た上で適切に対応してまいります」という県教育長の簡単なコメントがありました。 今後、この裁判になるでしょうが、この子の気持ちを考えると居ても立ってもいられない気持ちになって、学校、教育委員会、教育庁、県知事あてのメールを25年前のことを思い出しながら書いてしまいました。 ・・・・・家族でブラジルに来た年の4月に、長男はある都立高校に入りましたが、生活指導の先生に髪が長くて耳を覆っているから切るように言われていました。母親は耳の上の髪だけを切って通わせました。また、登校には革靴を履くようにとのことでしたが、父親(私)は運動靴(今のスニーカー)がなぜだめなのかと先生と掛け合って革靴は買いませんでした。先生方は、どうせ半年後にはブラジルに行ってしまう子だからと思っていたかどうか知りませんがそのまま押し通しました。後年、「あのあと、いつも先生から見張られているような気がして、悪いことができなくて大変だったんだぜ」と息子は述懐していました。・・・・・ 蔵王高校で「地毛を染めるよう」強いたことは、息子の場合とは全く次元が違うことでしょう。そんなこと絶対に許されるべきことではないと思うのですが、まだあるのですね。 >> 新聞記事と送ったメールはこちら
2005年 4月 4日(月) 遅い夏、サンパウロは連日夏日です 昨年の6〜9月にブラジルに来た23歳の青年からメールをいただきました。 「やりたい仕事というのが野生動物の保護活動なんです。」だから、学校を卒業したらブラジル アマゾンに行きたいとのことです。 >> いただいたメール と それに対する返事はこちら
2005年 4月 3日(日) ブラジルはカトリックの国 1960年代
90%以上だったカトリック教徒は、現在70%位になっています。(プロテスタントが5%以下から15%以上に。)それでも世界一カトリック教徒が多い国で、1億2千万人を越える信者がいます。 ローマ法王の選挙が ”根比べ”だとは知らなかった。
2005年 3月26日(土) 聖週間で昨日から連休
昨夜、先々週に続いてサーラ
サンパウロへ 演 目 (21:00〜23:15) ----- 指揮: John Neschling チャイコフスキー イタリア綺想曲 Op.45 壮大華麗 ブラームス ハンガリア舞曲 第1,3,4,10,20 番 木管がよい ブラームス 交響曲第2番ニ長調 田園 Op.73 目で聞くティンパニー アンコール ドビュッシー 影像 第3集の第2曲 イベリア 感傷豊かな熱演 来週、再来週、27(日)〜9日(土)の2週間、州立交響楽団は演奏旅行に出かけます。 |
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2006-02-26 カーニバルの朝(黒いオルフェ) 2006-01-28 Tico Tico no Fuba 2006-01-01 一月一日(年の始めの) 2004-02-07 カーニバルの朝(黒いオルフェ) 2005-01-07 冬景色 2005-01-01 一月一日(年の始めの) 2004-12-08 冬景色 2004-09-31 里の秋 2004-09-13 小さい秋 2004-06-19 夏の思い出 2004-04-28 茶摘み 2004-04-01 花(春のうららの隅田川) 2004-02-01 カーニバルの朝(黒いオルフェ) 2004-01-08 Tico Tico no Fuba 2004-01-01 一月一日(年の始めの) 2004-12-25 お正月(もういくつ寝ると) 2003-12-22 聖夜(清しこの夜) |
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