TAKAO−SP

たかお・サンパウロ

ブラジル サンパウロ 開設 2003-11-15 更新 2005-04-29 

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TAKAO-SP (たかお・サンパウロ)は、極めて私的な立場で作ったホームページです。

 

たかお・サンパウロ 倉入り 雑記帖 2004年12〜2004年3月

 

2005年 3月26日(土) 聖週間で昨日から連休

昨夜、先々週に続いてサーラ サンパウロへ
サンパウロ州立交響楽団の演奏会に行きました。
7時半に家を出て、12時に帰宅。気温19℃

演 目 (21:00〜23:15) ----- 指揮: John Neschling

チャイコフスキー   イタリア綺想曲 Op.45  壮大華麗

ブラームス   ハンガリア舞曲 第1,3,4,10,20 番 木管がよい

ブラームス   交響曲第2番ニ長調 田園 Op.73 目で聞くティンパニー

アンコール ドビュッシー   影像 第3集の第2曲 イベリア 感傷豊かな熱演

来週、再来週、27(日)〜9日(土)の2週間、州立交響楽団は演奏旅行に出かけます。
ブラジル南部の3州都クリチバ、フロリアノポリス、ポルトアレグレと、アルゼンチン(ブエノスアイレス、コルドバ)、ウルグァイ(モンテビデオ)、チリ(サンチャゴ)の4都市。
4月のサーラ サンパウロでの演奏会は14日から。

 

 

2005年 3月22日(火) 佐賀からの便りです

「これほどの地震を経験するとは思いませんでした。」
佐賀の友だち3人から便りが届きました。佐賀市は震度4で、箪笥や棚、テレビなどが倒れることはなかったけれども、その上にある花瓶や人形などが落下して結構破損したそうです。

「たった30秒だったそうですが、どうなることかと、逃げるために障子や店のガラス戸を開けに物につかまりながら歩いて行きました。
神棚のお湯のみが転んでたとか、箪笥の扉が開いてたとか、こけし人形が棚から落ちてたとか・・・・・」

「何しろ恐怖で、初体験の強さの揺れが始まり、地震と判って暫くして、やっと戸外へ飛び出しました。人間余程、構えていない限り、瞬時に何をどうしたら良いか、判らないなと思いました。」

九州北部で震度4を越える地震は大正12年の地震観測が始まってから初めてだそうです。高校まで佐賀にいて、その後、東京で暮らしていた私も震度4の経験はありません。それでも地震が怖くてブラジルに逃げてきたようなもので、震度5と聞いて、どんな感じかちょっと想像がつきません。

■実はブラジルも地震国 ニッケイ新聞 2005年03月11日)

 

 

2005年 3月19日(土) 久しぶりにイワシの塩焼き

イワシ漁の解禁で、フェイラ(青空市場)に20cm位の新鮮なイワシが並んでいます。大きめのもの12本で 1kg。約240円。夕食にたたき2本、塩焼き4本、残りは酢締めで2本、冷凍で4本を保存。

いま住んでいる地域には日本人が多くて、フェイラには日本食向けの食材が豊富に出ています。ほうれん草が出始めました。大根、長ネギ、生姜、にら、もやし、白菜、ちんげん菜、さやえんどう、おくら、さといも、やまいも、たけのこ、れんこん。
「我が家は100%日本食」を支えています。

 

 

2005年 3月15日(火) 遅れてきた夏

日本だったら9月彼岸前に初めて真夏がきたようなもの。
数日来、サンパウロは夏日が続いています。
こういう日は、ビールが一番。今夜は冷や奴と、牛肉の生姜焼き。

牛肉といえば、米国産牛肉の輸入問題で、米国政府・議会が対日制裁をちらつかせて早期再開を要求しているさなか、島村農水相の「全頭検査は世界の非常識」や武部幹事長の「消費者も非常識」など、食品の安全を願う消費者を逆なでする発言が相次ぎました。ライス米国務長官の訪日で、日本政府がどのように対処するか注目しています。

NHKテレビで誰かが 「米国産と表示して売れば良いのではないか」と言っていましたが、片や「食品表示偽装」の問題が続発していて、オーストラリア産とかカナダ産とか偽って売られる可能性があります。現状で輸入再開したら他国からの輸入肉に対しても消費者は不安を感じるでしょう。

サンパウロ市内では、生活レベルの違いによる地域差はありますが、上質肉が日本円で1kg 500〜700円です。カレーとかシチュウーなどには 1kg 300〜400円の牛肉を、犬の餌には毎日 300g の挽肉を使っています。ドッグフードよりも安いです。日本に戻って暮らせない理由の一つです。

 

2005年 3月12日(土) 久しぶりにコンサートへ

 Julio Prestes コンサートホール

昨夜、サンパウロ州立交響楽団の演奏会に二人で久々に行って来ました。

楽団専用のコンサートホールは、汽車が走っていた時代にサンパウロ市から奥地へ行く鉄道の始発駅であった Julio Prestes 駅にあります。

道路と長距離バスの発達で汽車はなくなり、主に通勤用の近郊電車ターミナルとして、プラットホームと改札口だけが使われていました。(写真の左側がその出入り口) 

サンパウロ州政府が、年数前に、かって旅行者の待合いで賑わったであろう広いホール部分を州立交響楽団専用の素敵なコンサートホールに改装しました。残りの部分は州政府文化局が庁舎として使っています。

ホールの天井、床、舞台と客席は明るい色の総木製で現代風デザインですが、前後左右にそれぞれ6本と10本の大理石柱が豪壮に昔のままで立っています。左右の2、3階席は柱の間に挟まって突きだしています。
木製の床は、コントラバスなどの低音に共鳴して足で震えを感じる気がします。

昨夜の演目(21:00〜23:15)
ウェーベルン  管弦楽のための6つの小品 Op.6 大編成(ハープ1台)
   この作曲家は指揮者の大叔父シェーンベルグの門下。

ドボルザーク  ヴァイオリン協奏曲 イ短調 Op.53
   長身で容姿端麗な イザベル ファウスト(独)が挽く
   1704年のストラディヴァリウス”眠りの精”が素晴らしい。

R. シュトラウス  英雄の生涯 Op.40 
   フル編成
(ハープ2台)、絢爛豪華な演奏。
   コンサートマスターのヴァイオリン独奏も素晴らしい。

 

 

2005年 3月10日(木) ブラジルに来て花粉症から解放された

毎日、インターネットやNHKのテレビで日本の様子を見ています。
酷暑の夏、豪雪の冬。やっと桜の花芽が休眠から覚めるころになったようですが、この春は異常な花粉に見舞われそうですね。
(毎日新聞 スギ花粉の飛散、本格化

 追加 3月15日 asahi.com 社会 花粉全開、都内飛散量昨年分超す ヒノキとダブル飛散も

ブラジルに来る前の数年間、私たちも年々ひどくなる花粉症に悩まされ、春先、ガーゼのマスクは手放せませんでしたサンパウロにきてからは、マスクをかけたことありませんし、街でかけた人を見かけることもほとんどありません

サンパウロは先週末に少し涼しくなったあと、また暑くなりました。日中、家にいるときはほとんど裸で過ごしています。

 

毎日インタラクティブ 投票アンケート から
【経済】 日枝会長VSホリエモン どっちを応援したい?(3月12日)

フジテレビの日枝会長  ■■■■■ 25% (23%)
ホリエモン  ■■■■■■■■■■■■ 58% (63%)
どちらでもない  ■■■ 15% (13%)

どちらが良い悪いではなく、時代の変わり目、新攻旧守の構図で見ています。

【追記】 2005年 3月15日付け 朝日新聞 天声人語

その昔、ナポレオンがロシアを攻めた時、ロシア側はモスクワをもぬけの殻にして逃げた。大火が起こり、冬将軍も迫って、ついにナポレオン軍は退却する。

 価値あるものを空っぽにし、迫る敵の意欲をくじく「焦土作戦」を、ニッポン放送が検討中という。主要子会社の株をフジテレビに売ってしまう構想らしい。めまぐるしい動きが続くが、ここでは、今回の攻防とは何なのかを考えてみたい

 これは、「メディア(媒体)の興亡」なのか。ある時代の最大のメディアが「メディアの一つ」になってゆく。これがメディアの歴史だった。明治以後、メディアの首座を占めた新聞は、戦後のテレビの興隆で、メディアの一つとなった

 インターネットの興隆で、テレビは存在感の薄い一メディアになってゆくのか。文字、映像、電子情報という三つのメディアが絡み合う興亡の帰着は、その中身も含めた各メディアの競い方と、受け手の選択次第だろう。「メディアの興亡」をはらんではいるが、その帰趨(きすう)を決するほどの争いかどうかは、不透明だ

 それでは「新旧の攻防」なのか。新世代の掲げる旗は、いつも旧世代を戸惑わせてきた。世代とは、人類の悠久の歴史の上に個々人の限りある歴史を乗せた、ひとまとまりの集団だ。性急とも見える既存のものへの挑戦は、後から生まれた者永遠の権利であり宿命でもある。その意味では「新旧の攻防」だ。

 「焦土作戦」は企業防衛の手段という。それが「焦土」にされる会社の社員や家族の防衛にもなるのかどうかが気にかかる。

 

 

2005年 3月 3日(木) きょうはうれしいひなまつり

日本が国際社会、特に近隣諸国と共存共栄していくために避けて通れない問題のひとつが、いわゆる「歴史認識」の問題だと思います。島根県議会の「竹島の日」を制定する条例案のニュースがさめやらぬときに盧武鉉大統領演説が報じられました

各紙の反応は?単細胞的に反発する読売、朝日らしからぬ「戸惑い」、双方がもう少し相手の立場に立ってものを考える努力が必要と説く毎日。

3月2日付け 朝日新聞第2社説 日韓関係――大統領演説への戸惑い

3月3日付け 朝日新聞 天声人語

3月3日付け 読売新聞第2社説 盧武鉉演説 日韓関係を阻害する発言だ

3月3日付け 毎日新聞第2社説 盧武鉉発言 わだかまりのない日韓関係を

片や、復古の色合いが目立つ「改憲論」が気になります。
自民党の新憲法起草委員会の動きに注目しています。

北朝鮮、韓国、中国(台湾を含む)との間の政治的なニュースを背景に、「昔は・・・」「日本は・・・」「日本人は・・・」などの論調が目立ちます。国際貢献を謳って海外派兵を、「自衛権」を盾に防衛庁から防衛省への昇格を、外国人犯罪の増加で入国規制を、少年犯罪増加や「学力」低下問題で教育改革を。・・・
石原慎太郎と東京都知事ほどではないけれど、読売新聞のような保守的なマスコミ。金太郎飴のようにどちらを向いても変わり映えのしないニュース。朝日、毎日も含めて、新聞、雑誌、テレビなどが報ずる内容がどうかよりも、何を報ずるか(ニュースとして取り上げるか、取り上げないか)に問題があるのではないでしょうか。
世の中がだんだん「人の命」よりも「国」が大切だと思う、思わされている人が多くなっていく、そう動かされているように思えます。
>>関連リンク

 

 

2005年 3月 1日(火) 日本の皆さま 寒中お見舞い申し上げます

今年もサンパウロは肌寒いカーニバルでしたが、ここ数日は暑さが戻ってきました。でも、すぐにまた涼しい日が続きそうです。


Foto:H.I.

40数年ぶりの再会。

サンパウロには、私よりも20年前からブラジルに住んでいるクラスメートがいます。
そこへ東京のクラスメート二人が「カーニバル見物ツアー」でやってきました。


Foto:H.I.

ツアーは2月5日成田発6日リオデジャネイロ着。夜から朝までカーニバル見物。7〜8日リオ観光。9〜10日イグアスの滝観光、10日夜サンパウロ着。(ツアー客は成田へ)二人はツアーを離れて11、12日サンパウロに滞在。11日はサンパウロ市内観光、12日は郊外の工芸品の街 エンブー へ。

歳を忘れての4人、学生時代に戻ってたっぷり 2日間交友を確かめ合いました。

 

 

2005年 1月 20日(木) 新世紀十字軍 旗揚げ宣言だ

ブッシュ大統領2期目の就任演説は、アメリカは国民が”自己責任で生きる”「オーナーシップ ソサエティ」を目指すとして、
「我々の自由の存続はますます、他の地での自由の成功にかかっている」

「すべての国と文化圏で民主主義の運動と仕組みが育つことを求め、支えていくことが米国の政策だ」、
「我々と友人の防衛のためには必要とあらば武力行使する」

(以上 Yomiuri On-line)

「暴力が横行する憎しみや怒りに満ちた統治を打ち破るのは自由の力。圧政を終わらせることが究極の目標だ」
(NIKKEI NET)
(弱肉強食)のアメリカの「自由の理念」を、(異なる価値観・文化の)国・地域へ広めることが使命だと、キリスト教右派の宗教色が強い、まさに十字軍再起を思わせる演説でした。(NHKワールドプレミアムの中継を見て---サンパウロ 14:50〜15:30)

コンピュータがダメになった
1月1日以来「たかお・サンパウロ」の更新をしていなかったので、病気ではないかと皆さまにご心配をおかけしたようですが、私ども二人とも元気です。コンピュータの病がひどく悪くなりその再生に手間取って更新作業が遅れてしまいました

4年目と5年目の2台のデスクトップパソコンを夫婦で使っていますが、それぞれ頻繁にフリーズを起こすようになって、騙しだまし使ってきました。その古い方のメインのハードディスクと電源ブロックがだめになって要交換。使えなくなる直前に、ハードディスクのデータを、別のディスクにコピー(バックアップ)していたためにデータは無事。

新しい方もインターネットの広帯域回線(ADSL)の受信に問題があって、ハードディスクを初期化して Windows 入れ直し。(メールの受信がダメ。Yomiuri On-line、NIKKEI NET などいくつかのホームページを読み込まないなど経験済みの問題)

このほかに知り合いの家のコンピュータも似たような問題を抱えて訪問(新たな問題発生で未解決)。更に、別の知り合いのノートパソコンが Windows不調で持ち込まれていて、あれやこれやで我が家の新しい方がやっとインターネットとワープロは正常に使えるようになったところです。

新しいコンピュータを買いたいところですが、先月、冷凍庫を買い替えて、今、テレビの映りが悪くなって、洗濯機もそろそろダメになりそうだし、デジタルカメラの修理がもしたいしで、当分は買えそうにありません。

 

 

2005年 1月 1日(土) 明けましておめでとうございます

雪の元旦。東京は21年ぶりだそうですね。
サンパウロは今2005年を迎えました。
晴れた夜空に花火の光、爆竹の音がいっぱいです。
10時頃から散発的に打ち上がる花火の音に我が家の犬はそわそわ、ぶるぶる。大晦日の花火はクリスマスイヴの比ではありません。ブラジル人は花火が好きです。午前0時一斉に打ち上がると、普段は禁じている台所に死に物狂いでドアをこじ開けてテーブルの下に潜り込みます。ひとり暮らしの私が花火を見に外に出ようとすると家の中に取り残されては大変だとばかりに私の足下にぴったりと体を押しつけガタガタ震えながら付いてきます。

 

 

12月31日(金) 2004年 「災」は日本だけではなかった!

この1年を振りかえってみると、年の瀬まで未曾有の出来事で一杯の年でした。スマトラ沖地震・津波の犠牲者が日を追う毎に増えながら年を越します。 

NHKの海外放送では、紅白歌合戦を午前と夜、実況と録画で2回放映します。コンピュータのモニターとテレビの画面の両方を代わる代わる見て大晦日の夜を過ごしました。日本にいたときコタツに入ってミカンを食べながら観ていたそんな風情はありません。年々、電飾装置が進化して舞台がきらびやかになるのに歌の方が付いていけない感じ。夏川りみ、ベテランの布施明と和田アキ子の熱唱以外は平凡または軽薄。モニターを見ている時間の方が多かった。紅白を見ないと年が明けないといった往年の国民的番組の時代ではなくなったのでしょうね。

 

 

12月25日(土) Ferlz Natal メリークリスマス

満月のサンパウロ 夏時間午前0時
静かに過ぎるクリスマスイブに、一斉に花火の打ち上げが始まりました。
我が家の犬は尻尾を巻いて台所の机の下でガタガタ震えています。

昨日から一人暮らしです。もみぢは弓場農場に行っています。帰宅は未定。
犬を飼っているので二人とも出かけて家を空けることができません。
この機会に私の方のコンピュータ、8ヶ月半ぶに りWindows の再生をします。

 

12月22日(水) 肌寒い夏至

天気が良ければ、サンパウロの午前0時は天頂よりやや北を仰ぎ見るとオリオン座。そして正午には太陽が頭の真上から照りつけます。今日は肌寒く日中の気温が20℃以下で午後雨が降り出しました。街路の気温表示板は16℃。街ゆく人々もセーターやジャンパーを着込んでいます。

一昨年、その前の年もクリスマス前後は連日30℃前後、涼しかった去年は25℃ぐらいの日がありましたが、今年は更に涼しくて雨の日が多いおかしな天候です。

先週末に 「World Friends Network」 (http://www.b-u-d.com/wf/)という
webグループの活動をされている方がサンパウロに見えてお会いしました。

 『友達のいる国に向かってミサイルのスイッチは押せない
 と言う言葉を信じて、小さな世界平和貢献を目指し、
 世界各国に住んでいる日本人で、Cafe&Guest House などを経営しながら
 地元に寄与するボランティアやNPO活動をして世界的ネットワークを作る。
この趣旨に賛同・参加してもらえる人を探して飛び回っておられる方です。

サンパウロ在住の20台の女性、40台の男性と、70歳の私がこの方を囲んで語り合いました。この方からは、活動をするに至った経緯、現在の状況とこれから先のことを、私どもからはブラジルのお国柄、それぞれが日本を離れてどんな思いで暮らしているか。そして、日本のこと、ブラジルや世界の現状について論じ合いました。

ブラジル在住26年の40台の男性、24年の私が、口をそろえて、ブラジルがどんなに良い国かと説くのに対し、多くの国を駆け回って多くの日本人に会ってきているこの方は、住んでいる国のことを生まれた国以上に良い国だと言う人に会ったのは初めてだと驚いておられました。(気に入ってブラジルに住んでいる日本人は、私が見たところ、私も含めて100%変わり者ばかりですから・・・・・。「World Friens」のみなさんも、失礼ながら、多分そうではないのかなと思っています・・・・・)

このあと、いつお会いできるか分かりませんが、便利な世の中、メールでお付き合いができます。

 

 

12月 8日(水) 今年も残りわずかになりました。

昨年11月にこのホームページを開いていつの間にか1年が過ぎてしまいました。その分、コンピュータに向き合う時間が増えたかと言うとそうでもありません。何が減ったかはっきりは指摘できません。色々やっていた作業がそれぞれ減って、ホームページを作る時間に変わったようです。

4,50年前の古い友だちや、そのころあまり声もかけ合わなかった知り合いなどから始めての便りやメールが届き、少年時代の記憶が鮮明によみがえるようなことが度々ありました。また全く知らない方からのお便りや問い合わせなどもあって、それなりに、以前にはなかった日常生活の変化を感じます。

東京ミュージック・ボランティア協会の赤星建彦会長ご夫妻を迎えて、ブラジル療育音楽ボランティア協会の第16回「ドレミ音楽会」が11月7日に行われました。準備と残務整理の約2ヶ月。「たかお・サンパウロ」もこの機に「療育音楽=赤星式音楽療法」のページ構成を始めて組み換えてみました。

SONYの「テープコーダ」、「ウォークマン」が普通名詞化したことに似て、「療育音楽」=「音楽療法」と思われている方が結構多いようです。ブラジルでの「療育音楽」の特徴が分かるようなページにしたいと思います。

今月に入って、劇団「新波」 の「あけぼのホーム」慰問公演。この日は多彩の11人、歌、和舞、洋舞に芝居。老人施設の慰問公演は「サントス厚生ホーム」(2回)、「憩の園」(2回)に続いて3ヶ所目です。「また来てね」の一言が次の舞台の励みになります。劇団「新波」 のページに写真を追加しました。

 

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