1980年、40歳半ばに初めて海外に出て暮らし始めたサンパウロから発信する個人のホームページです。
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目 次
朝日・毎日・読売・日経・産経 「社説--比べて読めば面白い」
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あたらしいしい憲法のはなし 文 部 省 |
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4 主権在民主義
國では、だれが「いちばんえらい」といえるでしょう。もし國の仕事が、ひとりの考えできまるならば、そのひとりが、いちばんえらいといわなければなりません。もしおゝぜいの考えできまるなら、そのおゝぜいが、みないちばんえらいことになります。もし國民ぜんたいの考えできまるならば、國民ぜんたいが、いちばんえらいのです。こんどの憲法は、民主主義の憲法ですから、國民ぜんたいの考えで國を治めてゆきます。そうすると、國民ぜんたいがいちばん、えらいといわなければなりません。 國をおさめてゆく力のことを「主権」といいますが、この力が國民ぜんたいにあれば、これを「主権は國民にある」といいます。こんどの憲法は、いま申しましたように、民主主義を根本の考えとしていますから、主権は、とうぜん日本國民にあるわけです。そこで前文の中にも、また憲法の第1条にも、「主権が国民に存する」とはっきりかいてあるのです。主権が國民にあることを、「主権在民」といいます。あたらしい憲法は、主権在民という考えでできていますから、主権在民民主主義の憲法であるということになるのです。 みなさんは、日本國民のひとりです。主権をもっている日本國民のひとりです。しかし、主権はにほんこくみんぜんたいにあるのです。ひとりひとりが、べつべつにもっているのではありません。ひとりひとりが、みなじぶんがいちばんえらいと思って、勝手なことををしてもよいということでは、けっしてありません。それは民主主義にあわないことになります。みなさんは、主権をもっている日本國民のひとりであるということに、ほこりをもつとともに、責任を感じなければなりません。よいこどもであるとともに、よい國民でなければなりません。
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